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Archive for 2007年7月

誰がための札幌市電延伸(その1)

 (お断り:文章中の敬称などは省略しています)
北海道経済の悪化の象徴である旧拓銀(北海道拓殖銀行)本社ビル。現在、新たなビルに生まれ変わるため解体作業が進んでいる(写真右)。今や 負の遺産的な感じであるが、現在の主銀行である北海道銀行や北洋銀行では、全くの役不足でしかなく旧拓銀があったらからこそ、北海道の経済はどうにか保っていたことは、誰も否定しないだろう。
で、今回は、その解体されているビルや旧拓銀の歴史ではなく、その解体している現場の目隠しに使われている鋼板で行われている写真の展示になんか違和感を感じたことに関してである。
そこには、下の写真にあるようなテーマ(北の国大都市“さっぽろ”の歩みをご覧ください)で15枚の写真が鋼板にプリントされている(限られた撮影場所だったので全部が画角に入りませんでしたm(_ _)m)。
確かに札幌市の昔の様子などが写された写真であるが、ふと駅前通に面している所に展示されている写真の多くに「札幌市電(路面電車)」が写っている事に気がついた(右下の写真はその中の一枚)。
気に なって数えてみると「札幌市電」が写っているのが全部で13枚。割合にして約87%。展示スペースが駅前通に面しているからと言ってこれは、「札幌の歩み」というより「札幌市電の歩み」と言っても過言でない数である。

少々気になったので右の写真の所蔵元である「札幌市写真ライブラリー」のWebサイトに行ってみた。そこで駅前の写真を各年代で検索してみると、「札幌市電」が写り込んでいる写真が数多いことが分かった。だからこの様な状態になったのかもしれない。

しかし提示されている写真の年代をよく見てみると、なぜか昭和45年までしかない。これはどうしてだろうか。もしかしたら、これ以降の駅前通の写真はないと言うことだろうか。

そこでもう一度「札幌市写真ライブラリー」で検索すると、1980年(昭和55年)代の駅前通の写真も存在している(下の写真)。
あるのなら、掲示スペースを考慮して、他の年代を少し削って1980年代まで展示しても差し支えないのではないだろうか。

しかし実際には、1980年代の写真の展示は行われていない。存在しているにもかかわらずそれを展示しないとはどういうことだろうか。

ここに面白いデータがある。駅前通を走る「札幌市電」が廃止されたのが1971年、昭和46年のことである ((現存する路線以外の大半の路線はこの時期に廃止されている))。であるからそれ以降には、「札幌市電」が写っている写真は存在しない。だから1970年(昭和45年)代までの展示となっているのかもしれない。

それから考えると、もしかしてこの展示を企画した者は、「札幌市電」が「駅前通」を走っている姿を駅前通を歩く市民に見せたかったのか、若しくは「札幌市電」に対して市民の関心を向けたかったのではないだろうか。 

現在、「札幌市電」の札幌駅前までの延伸については、経済界などが『大通周辺の商業者の中には札幌駅周辺に買い物客が流れかねな い、といった懸念がある』や『大通-札幌駅間には既に地下鉄があり、2010年度には地下通路もできる。延伸は“三重投資”で、無駄遣い(札幌商工会議所)』と反対の意向を示している ((北海道新聞Webサイト「もっと知りたい札幌市電の延伸」より抜粋)) ((この反対の根底には経済界を蔑ろにした夏季五輪招致への辞退がある))。

しかし延伸を公約として掲げている上田としては、2005年2月に母体組織(札幌市交通局)が赤字を抱えているにもかかわらず「札幌のまちづくりに不可欠」として存続を決断し、シンパを駆使した検討委員会に延伸を軸とした活用策の提言をでっち上げさせたからには、ねじ伏せてでも押し通したい事柄であろう。
しかし無理強いして経済界を敵に回しては、延伸どころかこれからの市政の運営にも支障が出ることは明らかである。

そこで上田お得意の市民総意と言うことにしてしまえば、経済界を丸め込むことができると考えたのかもしれない。市民は経済界にとっては消費者でもある。特に消費者相手の商いを行っている企業であれば、市民(消費者)総意を無視するような行動を取りにくい。

そう考えるとこの偏重展示にも合点がいく。確かにこれだけでは効力は薄いかもしれないが、常に露出すると言うことは、無いよりはマシ以上の効果を期待できる。意識して見ていないとしても目から入った情報は、確実に脳で処理されている。そしてそれがどういう効果をもたらすかは周知のことだと考える。さて本意はどこにあるのだろうか。

《その2に続く》

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