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Archive for 2008年9月

学生運動の残り滓

(旧本館掲載:2007年3月1日)

札幌や北海道がおかしくなってきたのは、偏に旧社会党議員横路孝弘氏の働きをおいて他にない。今でこそ民主党所属と道民を謀っているが、元々『社会党のプリンス』と呼ばれ、弁護士時代には、悪名高き全道労協〔現在は解散〕の顧問弁護士を務めたことがある。またMPD・平和と民主運動の呼びかけ人をしていたこともある(余談であるが、千葉県の知事堂本暁子の最大の支援団体がMPD・「市民の党」{MPD・平和と民主運動から改名})。
一応、このMPD・平和と民主運動の流れを簡単に説明すると、元は共産同(共産主義者同盟)のマイナーな分派である日本学生戦線(日学戦)が源流であり、以下の年表のような変遷を歩む。

  • 1974年 法政、上智、京都、同志社大などのノンセクト過激派グループが日本学生戦線結成。
  • 1979年 日学線及びOB組織、「三里塚を支援する労働者の会」を母体に「マルクス-レーニン主義毛沢東思想に立脚した新党」結成を掲げ、立志社結成。以後、北方領土返還運動、ポルポト派支援運動を推進。成田から撤退、市民運動路線へ。
  • 1983年 田英夫、横路孝弘、八代英太らを呼び掛け人にMPD(平和と民主運動)結成。
  • 1990年 大衆党と名を変える。

以後、護憲リベラル→平和・市民→市民の党と名前を変えている。

この様なかなり偏った思想の団体の呼びかけをした1983年は、横路孝弘氏が北海道知事に初当選した年でもある。そのときの最大支援団体は、ご存じの『勝手連(正式名称:横路孝弘と勝手に連帯する若者連合)』であるが、その擁立運動の中心だった田村正敏(故人)氏は、全共闘(全学共闘会議)に所属し、朝日新聞内にバイト労組を作った人である(田村氏は、日大全学共闘会議所属)。横路氏も東大時代に『安保と三池から生れた』といわれる『日本社会主義青年同盟(社青同)』で活動していた過去を持つ(その勝手連創設メンバーには民主党・竹村素子女史も含まれている。これもまた市民活動団体を主催している)。

これから分かることは、横路孝弘とその仲間達は、過去の遺物と化して貰いたい『学生運動』の残党によって組織立てられた『化石』であったことである。それとともに現在のNPOや市民運動という物は、『学生運動家』などの左翼思想家によって基礎が築かれ今に至っていると言うことでもある。現に前回記した『市民ネットワーク北海道』の創設者でもある小林董信氏も学生運動家で札幌地区労働組合協議会(札幌地区労)にも就職していた経歴を持っている。

学生運動は、その全般を通して学生や過激派となった者達の暴走によって国民的な賛同は得られなかったが、しかしその基礎部分は、現代の市民運動やNPO活動に連綿と受け継がれている。なぜなら前述の通り、それらの残党が形を変え同じような手法を用いて人を集めているからである。

本来であるなら、過去にそのような活動をしてきた人間に対して寛容な態度を見せる人はいない。しかしここ北海道では、過激な学生運動があまり発生せず(してはいたのだが関心が薄かった)、その時代に生きた人の中に学生運動に対するアレルギーがあまり存在していない。要するに「対岸の火事」的立場を取るの人が多いということであり、そこにこの手の輩がつけ込む好きが存在していた。それが北海道がどこよりも左翼思想の政治家を跋扈させ易い要因になっていると考える。
少し勘ぐらせていただくと、『学生運動』とは、この世に対する憂いを払拭するという物ではなく、先のことを見据えることのできない弱虫が、全くの絵空事である左翼思想を元に活動し、終わってみると結局『破壊と混乱』しかこの国には残せなかったという救われない運動であったのだろう。

それに気づいた人なら学生運動自体を後悔して真っ当な道を歩もうとする。しかし根っからの左翼思想家は、ほとぼりが冷めた頃に『学生運動』の時の過ちをくり返さないよう知恵をつけ、そのときに叶わなかった夢を実現しようと画策始めている。
というのが北海道の左翼団体(含むNPO)の実情であろう。そのために左翼思想家は、その夢を実現するためにどうしても学生運動経験者で左翼政治家一家である横路孝弘氏を擁立しなければならなかったのだと考える。

しかしただそれだけで左翼が跋扈する要因にはならない。それに拍車をかけているのが最近の人たちのあまりにも『ノンポリ』になりすぎた思想が原因でもあろう。
確かに『学生運動』等は、歴史の一幕でしかないのかもしれない。しかしそれに参加していた人たちが未だ人生の幕切れを迎えていないことを考えると、そうも言っていられないだろう。現にそれら現役の画策で当選した横路孝弘氏は、北海道経済をどん底まで陥れたのである。そしてその遺伝子を引き継いでいる上田文雄氏が、札幌市の長を務めている。先例に照らしてみても何か起こらない方が確率的に低いと考えるのが妥当であろう。

最後に冷静になって考えてみると、左翼と呼ばれる思想(社会主義・共産主義)が、国際的に見て成功した例はない。外見上形を整えているように見えても所詮砂上の楼閣でしか無く、左翼の夢想話がたどる末路は決まって破綻しかない。そして『学生運動』も同様の道を歩んだことは歴史上事実である。それが幾ら形を変えようとも根本的には、左翼は左翼でしかない。確かに様々な思想があることは、この世界を維持していくために必要であるが、左翼思想は、その他の思想に対して存在牽制すること以上の権力を持ってはいけない。ましてやその国や地方自治体の政の長を務めようなどとはもってのほかである。それは資本・民主主義国家であるこの日本では至極当然ではないだろうか。

左翼系市民団体と上田札幌市長

(掲載:2007年2月27日)
左翼政治家と市民団体との関係は、蜜月だと言うことは周知の事実だと思う。札幌市の市長である上田文雄氏は、極めての左翼弁護士出身であり、市民団体の意見をよく取り入れる。例を挙げるまでもないが、『路面電車存続』や『市税の1%をNPOへ寄付』などのどう見ても市民団体(NPO)寄りの政策を出している。
確かに市民の声を行政に取り入れることは、地方自治では大事だと思う。国家レベルでは対応しきれないことなどが多くある。しかし市民の声を聞くことと市民団体の意見を聞くことは、全く異質の物である。

なぜ異質かというと、市民団体は、市民の意見を集約しているところと考えている人もいるかもしれないが、それはかなりの勘違いをしている。極論的に市民団体は、『同好会』の延長上にある物でしかない。
なぜなら市民団体が集約する意見は、同じ志向や思想を持ち合わせている人たちだけを示し、世間的には反論も受け付けているように見せかけているが、その実あまり反映されることはない。反映してしまえば、団体としての体をなすことができなくなる。これは至極当然で、なぜその団体を立ち上げたのかを考えれば分かり切っている。

本来なら反体制派といわれる市民団体ではあるが、ここ最近の左翼の暗躍によって表舞台に顔を出すようになってきた。今更ですが、一応左翼との説明をすると

社会主義・共産主義など、急進的・革新的な思想。また、その思想をもつ人や団体。左派。
『フランス革命後の議会で、急進派が議長席からみて左側の席を占めたことから。』(明鏡国語辞典より)

となる。日本では、民主党・社民党・共産党などの野党を示すことが多い。まぁ、このどれも本当の意味での左翼ではあるが。

その中でも異色を放つ『寄せ集め集団民主党』の中核を占めているのが煮ても焼いても食えない旧社会党の労働組合系であることは、ご存じの方も多いでしょう。
話がそれましたが、反体制派である市民団体が、左翼政党や議員の力によって表舞台に立ちその意見が重要視されるようになればその弊害も出てくる。市民団体の意見という物は、元々空想的理想論(に見せかけている物も含む)で語られている。であるから多分に耳障りのいい物が多い。しかしそれを実践したときには、多くの市民に多大な迷惑をかける可能性もある。

市民団体ではないが、以前上田文雄氏は、そのとき問題になっていた反日デモに対して『反日デモの直接的な原因に、日本が国連安全保障理事会の常任理事国になることへの反発を挙げた。そのうえで、「日本が戦争の災禍を韓国、中国、東南アジアに与えた。災禍を受けた人たちがたとえ水に流そう、忘れてくれるといっても、日本は忘れてはいけない」』と述べた※1。ほかにも札幌市の新年互礼会で、例年行って来た国旗の掲揚と国歌の斉唱を取りやめることを決定したり(それに対して例年参加している自衛隊は不参加)、イラクに派遣されている隊員の激励を断ったりしている(イラク日本人拉致事件(三馬鹿トリオ)では、それを報じた週刊新潮の中吊りに市交通局は一部テープを貼ったという物もあった)。これが原因か定かではないが、この後『札幌雪祭り』の真駒内会場(自衛隊真駒内駐屯地)が無くなっている※2。

このような左翼市長の下で意見を取り入れられる市民団体は、所謂『プロ市民』ではないだろうか。 …市長自体がプロ市民出身(市民ネットワーク北海道〔生活クラブ生協の政治団体〕)なのだから当然といえば当然である。
しかし一介の市長が、これほどのことを引き起こせるのには、左翼市民団体(市民団体のほとんどが左翼ではあるが一応念押しのため)の存在が不可欠である。左翼が好んで使用する言葉の『市民』という物を具現化するためには、それがどんな存在の仕方をしていても実態を持っていなければならない。実態さえ持っていれば、そこからの要請があったように見せかけることが可能になる。これは行政のシステムをうまく利用した方法であると考える。

元々行政とは、自ら進んで何かをするところではなく、何かしらの要請などに基づいて動くところである。通常は、そのような左翼市民団体が要請を出したとしても市長などの首長が保守系ならそんな絵空事をいちいち取り上げない。しかし左翼の場合には、支持団体でもある市民団体の要請を受け入れ、それが総意だとして絵空事に余計な税金をかけてそれを進めようと画策する。

そんなことはないと考えている方のために一つ例を挙げる。北海道室蘭市で左翼が実権を握ったことがある。その当時は市民団体ではないが労働組合系の意見や要望を取り上げ実行した結果、室蘭市はそれまで健全だった財政が、一気に大赤字に転落(昭和54年に財政再建団体転落の危機を迎えている)。その返済に30余年も費やす結果となったが、保守系市長の手腕により現在では北海道内でも一位二位を争う健全財政団体となっている。

これは左翼が実権を掌握したところでは、起こりうる物である。そして現代では、市民団体というファクターが加わり、もっと大規模なことが生じるおそれもある。それはお金に限らず様々な分野に波及すると考える。今までの価値観、それも遵守すべき価値観を嫌うのが左翼の特徴であることを考えると、空恐ろしいことになる可能性を秘めている。

はじめにも記したが、市民団体は、市民総意の団体ではなく『同好会』の延長上の責任無き団体か思想(活動)家団体である。その団体が、もっともらしく『市民(国民)』という言葉を使うときには、眉に唾をつけて事に当たらないとそのほかの市民(国民)は痛い目にあう。昔から思想家(活動家)につける薬はない。あるとすればそれに属さない市民(国民)が賢明な判断力をつけるほかにはないと考える。中国や韓国で反日感情が高まっていることについて、札幌市の上田文雄市長は12日の定例会見で、「中国、韓国に対する(日本側の)戦前、戦中の総括の仕方を中韓の人が納得していないのだろう」と述べ、日本の歴史認識の誤りに原因があるとの見解を示した。

脚注

  1. 上田市長は反日デモの直接的な原因に、日本が国連安全保障理事会の常任理事国になることへの反発を挙げた。そのうえで、「日本が戦争の災禍を韓国、中国、東南アジアに与えた。災禍を受けた人たちがたとえ水に流そう、忘れてくれるといっても、日本は忘れてはいけない」と述べた。
    札幌市は、5月22日から予定していた中国の友好都市・瀋陽市への訪問団派遣を延期した。上田市長は「反日デモ問題とは別」と関連を否定。市国際部は「今月4日夜、国際行事が重なっているので秋以降に変更してほしいと瀋陽市から要請があった」と説明している。【清水隆明】<毎日新聞 2005年4月13日>
  2. 一応表向きは自衛隊の規模縮小となっている

 

上田札幌市長とその仲間たち

(旧本館投稿日:2007年2月26日)

半年近く前のニュースであるが、この様な記事が伝えられた事を覚えている方も多いと思う。

総連施設の税免除継続へ 公益性あると札幌市

札幌市は14日までに、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)関連施設に対する固定資産税について税免除措置を継続する方針を固めた。集会施設として使用実態があり、公益性があると判断した。20日までに総務省に伝える。
北朝鮮のミサイル発射を受け、横浜市や名古屋市で総連施設に対する減免措置を見直す動きが出ているが、札幌市の上田文雄市長は「長年一緒に生活してきた人たちに直接関係のないことで扱いを変えるのは妥当ではない」との見解を示した。
総務省は6日、朝鮮総連施設に対し固定資産税の適正な課税を求める通知を施設のある139自治体に出し、06年度の課税状況について報告を求めた。
(共同通信配信 yahooニュースより引用)

横路孝弘氏の腰巾着である上田文雄札幌市長が、やはりというか当然というか総連関連施設に対して40年間にわたり全額免除している税免除処置を継続する方針を固めた。当該施設に対しては、6月21日に現地調査などを行い、その結果を受け札幌市財政局税政部の平岡茂課税担当課長は「判断の結果、公益性のある施設と認められた」との判断を下したが、わずか一日の現地調査で特定民族のための施設が公益性を持ち合わせていると判断できるとはとうてい思えない。また市長は、「長年一緒に生活してきた人たちに直接関係のないことで扱いを変えるのは妥当ではない」という見解を示しているがそれは私的な感情論であり、4月に総務省が通知してきた「減免の際は使用実態を的確に把握した上で厳正に判断するように」という物にも反している。

この様な見解が示された裏には、札幌市議会の中には朝鮮総連札幌支部と定期的に交流会を開いている日朝友好促進議員連盟があり、その議員連盟所属議員が36名と定数68名の約53%も占めていることが関係しているであろう。またそこの会長が民主党・伊与部敏雄市議(札幌市北区選出 元は旧社会党所属)であることから、旧社会党の色濃い民主党推薦で市長になった上田氏は、そのあたりの意見を重視した見解と考えてもおかしくはない(補足 推薦:市民ネットワーク北海道 支持:民主党、社民党)。しかしそれだけではないことが調べを進めているうちに判明した。

弁護士時代上田氏は、横路孝弘氏の弁護士事務所に籍を置いて、『生活クラブ生協・北海道』の設立当初から顧問弁護士や『市民ネットワーク北海道』設立時からの有力な支援者であり、また小林董信氏(後述)が事務局長を務めている『北海道NPOサポートセンター』の会長を務めていたという全て左翼団体に関係する経歴を持っている。
この上田氏を推薦している『市民ネットワーク北海道』は、表向き独立している組織のように見えるが、法令上政治活動のできない『生活クラブ生協』の肩代わり政治団体であり、『生活クラブ生協』の創設者で専務理事(90年退任)でもある小林董信氏の夫人小林郁子氏が所属している。蛇足であるが、小林董信氏・郁子氏夫妻の媒酌人をしたのが横路孝弘氏であった。

その横路孝弘氏といえば、父親が横路節雄氏(故人・社会党衆議院議員・北教組委員長)で労働組合系弁護士を務めていた生粋の左翼で、北海道知事時代に昭和天皇の大喪の礼を「天皇(制賛美)につながる」という理由で欠席したにもかかわらず、その数年後、北朝鮮指導者の国葬には、「偉大なる政治家(金日成)の死を悼むのは当然」とわざわざ国交のない国まで出向いて出席するというどこの国の政治家なのか分からない行動原理を持っている。まぁ、横路孝弘氏が所属していた旧社会党は、北朝鮮の拉致は創作だと党として公言していたのだから当然の行動であろう。

これからもお分かりになるように横路孝弘氏は、北朝鮮に極めて近い関係といえるであろう。これが民主党副代表を務めていたのだから小沢代表の中国贔屓の思想も含め民主党の色は、共産党と同レベルかそれ以上の真っ赤に染まっていると言っても過言ではない。

これらを踏まえるとこの様な人達と交友がある小林董信氏がどのような人かは合点がいく。当然、同じ思想を持っていなければ、それが幾ら利害が絡んだとしてもその思想について行けるわけがない。特に媒酌人などを頼むと言うことは、横路氏とかなり親しく、当人達の思想も左翼に傾倒していると言えよう。確かに小林董信氏は、北大時代学生運動に参加をしているし、札幌地区労働組合協議会(札幌地区労)にも就職していることから、そちら側の思想に傾倒していると言っても過言ではない。

上田市長とその周りの人たちについては追々記すとして結局のところ、上田市長にとって今回の発言は、その交友関係などを鑑みても至極当然の発言と見ても間違いないだろう。横路孝弘氏の事務所に在籍し、その横路氏に媒酌人を頼む小林董信氏の友人でもあるということは、誰が見ても左翼思想と断言されても仕方がない。
ただ一言言えることは、北朝鮮はミサイル発射のみならず国家レベルで『拉致』を行った犯罪国でもある。その『拉致』に関して断言はできないが在日の個々人に直接関係ないかもしれない。しかしだからと言って北朝鮮中央と密接な関係がある総連関連施設が関係ないと言えるのだろうか。上田市長の今回の決定や見解は、拉致被害に遭われた人たちに対して失礼極まりないものであることを考えて頂きたい。それとも被害者家族は自分の有権者ではないから関係ないというスタンスなのだろうか。どちらにしてもこれから先常識人として生きていきたいのなら、今回の見解を訂正するのが当然の行為だと考える。

最後に2006年8月18日付読売新聞Web版に『「総連施設へ課税すれば職員殺す」、都や埼玉県などに』というニュースが流れた。内容は、「総連施設への課税行えば職員を一匹ずつ殺す」などとの内容の書かれたカッターの刃入り封書が届いたと言うことである。誰がこの様な愚行を行ったのかは不明だが、これが真実である。

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