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日本国憲法第9条は万能兵器?(益川さん「とにかく戦争は嫌いです」 憲法集会で訴え(朝日新聞))

今日は憲法記念日です。そんなんでこんな記事が掲載されている。

憲法記念日を前に2日、京都府東山区の円山音楽堂で、憲法9条や平和について考える「5・2憲法集会in京都」が開かれた。昨秋にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英・京都産業大学教授が約4600人(主催者発表)を前に平和への思いを訴えた。(以下省略)

益川さん「とにかく戦争は嫌いです」 憲法集会で訴え(朝日新聞)

で、京都新聞の記事では、

「(改憲論者が改憲の理由にする)国際協力は軍隊でなくてもでき、海上保安庁が平和的な任務をすればいい。それをせずに憲法をいじるのは交戦権が欲しいから。外交交渉で解決できない問題があるとは思えない」

益川さん、憲法九条語る 東山で“京都の会”が集会(京都新聞)

と、言っている。

…ノーベル賞受賞者ってこの程度なの?(苦笑)

加えて北海道新聞の今日付社説(憲法記念日 いま生きる手だてとして(5月3日))では、

それが「戦争放棄」を掲げた憲法九条の力を世界に広げ、日本の国際貢献の実をあげる道だ。

などと第9条が「戦争放棄を掲げた」とする妄言を吐いている。

大変申し訳ないですけど、一部の狂信者を除いてほとんどの人が戦争は嫌いだと思う。しかしそれと日本国憲法第9条とは全く別問題ではないだろうか。それにそもそも第9条は「戦争放棄」ではない。

知らない人は居ないと思うが、日本国憲法第9条は、

第九条:日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する
○2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

日本国憲法 (昭和二十一年十一月三日憲法)法令データ提供システム:電子政府利用支援センター)

となっている。

義務教育をまともに受けた人なら、この条文の意味は分かると思う。要するに国同士のもめ事の解決に武力を用いず、そのための戦力を保持しない、と書いているだけであり、これをどう解釈すると、自衛を含めた一切の武力放棄に繋がるのだろうか。

いつも思っていることだが、所謂「9条の会」というのに参加している輩は、意図的に第9条の本意を無視して、歪曲した情報で国民を扇動しようとしているとしか思えない。極端になると第9条を改正すると戦争になるとまで言っている。どう考えてもおかしいと思うことなのだが、こと「戦争」と言う文言が入ると、おかしいと思わない人が出てくる。これはやはり「戦争」という言葉に対する感情がなせる技なのかもしれない。

また「話し合いで解決できる」と言う人もいるが、上でノーベル賞受賞者も「外交交渉で解決できない問題があるとは思えない」と言っているが、鉄砲持っている人間に対して、丸腰の人間が「話し合おう」と言っても、イニシアティブは鉄砲持っている人間になる。話し合いというものは、少なくても対等な条件になってからしか成立しない。それくらい真っ当な人間なら分かっていると思うが「9条の会」の人間は、それをわざと言っていない。

第9条の本意を実現できる世界はすばらしいものだと思う。しかし現実問題としてそれを実現にするには、まだまだ人間は幼すぎる。

現に、日本周辺では、ミサイルを発射する国、軍備増強している国、日本を仮想敵国にしている国、etce…がある。それら脅威から日本や日本国民を守るためには、対抗手段を保持しなければならないのは自明の理である。

国は国民を守る義務がある。そのために何が必要なのか、ということを考えることは避けては通れないことではないだろうか。

第9条や憲法改正に関して戦争が好き嫌いなどという低レベルの話をするぐらいなら、口をつぐめ。

最後に産経新聞の記事から引用する。

憲法施行から62年が経過した。その間、大規模な戦争に巻き込まれなかったことをすべて「平和憲法」の恩恵と考えるのは幻想にすぎない。
(中略)
問題の根幹は、自衛隊を軍隊と認めず、国家の防衛を抑制してきたことにある。憲法9条がその限界を作っているのは明らかだ。確実な脅威の高まりに、憲法見直しを避けてはなるまい。

【主張】憲法施行62年 脅威増大を見過ごすな 9条改正し国の安全を守れ

(太字・下線、管理人加筆)